金曜歴史講座のお知らせ - 大阪市文化財協会

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2012年度「金曜歴史講座」開催のお知らせ

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むかしの大阪をみらいの大阪へ伝える

金曜歴史講座は、(財)大阪市博物館協会 大阪文化財研究所が行う普及啓発事業として、大阪の歴史や文化財の最新情報をお届けする連続講座です。

【 記 】

日 付 : 第1シーズン   6月29日 7月6・13・20日終了いたしました。
    第2シーズン   9月21・28日 10月5・12日 終了いたしました。
    第3シーズン  11月30日 12月7・14・21日 終了いたしました。
時 間 : 18:30〜19:45 (18:00受付開始)
会 場 : 大阪歴史博物館 4階講堂
      大阪市中央区大手前4-1-32
      (最寄駅)地下鉄谷町線・中央線「谷町四丁目」駅下車9号出口前
      (最寄バス停)大阪市営バス「馬場町」バス停前
参加費 : 200円 (参加資料代)
定 員 : 250名 (当日先着順)

第1シーズン (6月29日 7月6・13・20日)
1シーズンは終了いたしました。たくさんのご参加ありがとうございました。

第126回
6月29日
見えてきた大坂城 −山里丸の発掘調査から− 市川 創
山里丸は大坂城本丸の北部に位置し、天守台よりも1段低くなった曲輪(くるわ)です。 2011年度の調査では、豊臣期の金箔瓦が出土したほか、徳川期の大規模な集水枡が見つかりました。 また、地下のようすを探るために行った電気探査でも興味深い結果が得られています。 こうした考古学的な成果から、大坂城の姿を描いてみたいと思います。
第127回
7月6日
長柄砂州の成りたち 趙 哲済
上町台地の西側には長柄砂州と呼ばれる砂州があります。 この砂州は弥生時代にできましたが、中央区北浜〜本町付近では、大川の流れに伴って大きくなりました。 一方、南の浪速区日本橋〜今宮付近では、砂州と台地の間に砂泥干潟ができ、やがて古墳時代末〜古代には砂浜になりました。 今回は、このような砂州の成りたちに注目してみます。
第128回
7月13日
見えてきた孝謙天皇の「東南新宮」
-難波宮宮殿東方の発掘調査-
高橋 工
近年、難波宮の発掘調査では宮殿周辺部で目覚ましい成果が上がっています。 ここ3年間に宮殿東方で見つかった遺構と、約50年前、山根徳太郎博士による難波宮発見の頃の発掘成果を合わせて検討すると、 文献にみえる孝謙天皇の「東南新宮」がおぼろに浮かび上がってきました。
第129回
7月20日
山根徳太郎先生と難波宮 長山 雅一

7月28日は、難波宮の発見者・故山根徳太郎博士の命日です。偶然だと思いますが、7月28日は「なにわ」と読めます。昨年は難波宮跡の大極殿の発見から50年でした。今年は次の50年に向かう年になります。今では山根先生を直接知る人は少なくなりました。そこで、難波宮跡の発見への道のりと先生のご苦労などを振返ってみたいと思います。

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第2シーズン (9月21・28日 10月5・12日)
2シーズンは終了いたしました。たくさんのご参加ありがとうございました。

第130回
9月21日
阿倍寺が幻でなくなる日 〜最近の発掘調査成果〜 谷ア 仁美
阿倍寺跡は、近鉄阿部野橋駅の南側に所在する白鳳寺院で、有力氏族の阿倍氏の寺だと言われています。 昨年末から中心部での発掘調査がいくつか行われました。今回、その最新成果を紹介しつつ、 歴史の表舞台で活躍した阿倍氏の寺を再評価してみたいと思います。
第131回
9月28日
見えてきた法安寺 −難波宮跡と重複する寺院跡− 黒田 慶一
難波宮史跡公園のある“中央区法円坂”という町名は、 幕末まで存在した“法眼坂(ほうげんさか)”という坂道に由来し、 “法眼”は難波宮跡の北側に存在した 延喜式内社の「難波坐生国咲国魂神社」の神 宮寺だった「法安寺」からの転訛と言われます。 去年春に森ノ宮中央2丁目で発見された、中世の「お堂」跡から法安寺に迫ります。
第132回
10月5日
弥生時代の鋳造技術
−鞴(ふいご)を使用せず青銅を熔かす「自然吹」の検証−
伊藤 幸司
弥生時代、銅鐸や銅剣、銅鉾など多くの青銅製品が製作されました。我が国における金属器生産の黎明期といってもよいでしょう。これらの青銅製品のほとんどは鋳造でつくられ、その製作工程では金属を溶解するための設備・技術が必要でした。今回は弥生時代の一時期に出現して消えた「曲がり羽口」に注目し、その使用方法の復元実験からわかってきた当時の金属溶解技術についてお話しいたします。
第133回
10月12日
高松藩蔵屋敷跡の調査
―「天下の台所」を掘る―
松本 百合子

江戸時代の中之島周辺は各藩の蔵屋敷が置かれ、 国元の年貢米や特産物が集まる経済の中心地として繁栄しました。 高松藩蔵屋敷はなかでも立地が良く、面積的にも有数の規模を誇っていました。 調査でわかった蔵屋敷内のようすをご紹介します。

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第3シーズン (11月30日 12月7・14・21日)
3シーズンは終了いたしました。たくさんのご参加ありがとうございました。

第134回
11月30日
鎖国期日本に輸入されたヨーロッパ陶器 松本 啓子
鎖国期のヨーロッパ・マジョリカ陶器の大坂出土品から、ヨーロッパと日本の社会的背景を探ります。 この陶器は17世紀に日本の上流層に流通した壺です。カトリックを嫌った鎖国期に、 プロテスタントのオランダ連合東インド会社から調達したものとみられますが、 当時のヨーロッパでは、マジョリカ陶器はカトリックと強く結びついています。 出土例・伝世例などから、マジョリカ陶器の流通と日本招来の背景を考察します。
第135回
12月7日
竪穴建物からみた弥生時代 −弥生時代の始まりと古墳時代への胎動− 櫻田 小百合
弥生時代の竪穴建物の形には地域や時期によって差異がみられます。 各地域の竪穴建物の形のちがいや、それぞれの時期ごとの変化をみることで、 人々の交流や社会の変化の様子を垣間見ることができます。 今回は、縄文時代から弥生時代、弥生時代から古墳時代への過渡期にスポットをあて、 その時の人々が生活していた竪穴建物の形からどんなことがわかるのか、 竪穴建物の復元実験からわかったこともふまえてお話したいと思います。
第136回
12月14日
中国における鉄利用の始まり
−科学分析が語る中国古代の鉄製品−
田中 裕子
私たちの生活にとって身近な金属である鉄は、 いつ、どのような姿で出現し、用いられるようになったのでしょうか? 古代東アジアの中心である中国では、 紀元前5世紀を溯る多くの鉄製品が発掘調査でみつかっており、 金属学的な分析によって材質や製作技術についての研究が進められています。 本発表では、中国出土の初期の鉄製品について、 科学分析の成果に基づき、 その材質や技術の変遷と導入経路についてご紹介いたします。
第137回
12月21日
近世大坂の骨細工業
―双六コマの作り方からわかること―
清水 和明

近世大坂の発掘調査では、骨細工製品だけでなく途中の加工品も見つかることから、 都市に職人が住み細工業を営んだことがわかっています。ただ資料は腐りやすく、 作業を検証する材料はこれまでわずかでしたが、 昨年度の城下町跡の発掘資料から、双六コマの製作工程を詳細に復元することができました。 そこから骨細工業と職人の関係やその技術について考えてみます。

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【 主催 】

(公財) 大阪市博物館協会 大阪文化財研究所
大阪歴史博物館

【 問合せ先 】

(公財)大阪市博物館協会 大阪文化財研究所「金曜歴史講座」係
TEL.(06)6943-6833
〒540-0006大阪市中央区法円坂1-1-35アネックスパル法円坂6F

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