四天王寺の南で新たに古代の建物群が見つかりました

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四天王寺の南で新たに古代の建物群が見つかりました

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大阪市教育委員会と公益財団法人大阪市博物館協会大阪文化財研究所は、 平成24年9月初旬から実施してきた四天王寺の南500m に位置する北河堀町所在遺跡での発掘調査の成果を広く市民に公開するために、 平成24年12月22日(土) 13時00分より、発掘現場の現地説明会を開催します。
今回の発掘調査では、古代の貴族など有力者の邸宅跡、あるいは役所の可能性がある整然と並んだ大規模な建物群が発見されました。 古代大阪における都市開発の実態や、都市としての構造を考えるうえで重要な発見といえます。

【 記 】

   日 付 : 平成24年12月22日(土) 終了いたしました。
   時 間 : 13:00〜15:30 
        ※小雨決行(開催時間までに大阪府下に暴風または
         大雨警報が発令された場合は中止とします。)
   参加費 : 無料
   会 場 : 大阪市天王寺区悲田院町

地図

地下鉄御堂筋線・谷町線…天王寺駅下車
                あべちか7号出口より北東へ200m
近鉄電車…大阪阿部野橋駅下車 あべちか7号出口より北東へ200m
JR…天王寺駅下車 北口より北へ250m

調査の概要

今回の発掘調査は、四天王寺から南へ500m、JR天王寺駅から北へ250mの場所で、 約2,100平方メートルを対象として実施しています。調査地は大阪市内を南北に延びる上町台地の上に位置します(図1)。 古代にあっては、想定される難波京の南端に位置し、 調査地の北側には和気清麻呂が河川の掘削工事を行った跡とされる谷が東西方向に走っています(図2)。
今回の発掘調査では、西半の調査区で掘立柱建物3 棟(建物B〜D)を、 東半の調査区で掘立柱建物2棟(建物E・F)を検出しました(図3)。 建物Fが総柱建物である以外はすべて側柱建物です。すべての建物が東西南北に軸線をそろえて建てられています。
5棟のうち中心となる建物は南北方向の建物Dで、桁行は6間(14.3m)、梁行はおそらく3間(6.3m)で、 身舎の床面積は約91平方メートルです。また、建物の4周には庇がついていたと考えられ、庇部分を含めた床面積は約177平方メートルとなります。 柱穴の規模は1.0〜1.5m、柱の直径も30 pと、当時の宮殿であった難波宮の遺構と比べても遜色がありません。 この建物Dを囲むようにして、北側には東西方向の桁行6間(15.8m)、梁行2間(4.8m)の建物B、 西側には南北方向の桁行5間(15.0m)、梁行2間(4.7m)の建物C、東側には南北方向の桁行5間(9.9m)、 梁行2間(4.2m)の建物E、南側には東西方向の桁行3間(7.9m)、梁行2間(5.2m)の総柱建物Fが配置されています。
これらの建物B〜Fは、柱筋をほぼ揃えて並ぶことから、計画的に配置され、同時期に存在したものと考えられます。 ただ、その時期については、この建物群の時期を明確に示す土器などの遺物がまだ得られていないため、 厳密に決めることができません。しかしながら、@東西南北に軸線をそろえて建てられていること、 A長方形を呈する柱穴の形状や建物のプランが古代に特徴的なものであること、B柱穴の掘形が大規模であることから、 7〜8世紀に属するものと思われます。
建物群の性格については、5棟以上の大規模建物から構成されること、 および東西50m以上、南北50m 以上の広い土地を占めていることから、 貴族の邸宅、ないしは宮外に置かれた役所であった可能性が考えられます。

今回の成果の重要性

今回の発見でもっとも重要なことは、難波京の南端部で大規模な建物群が見つかったことです。 今回見つかった建物群は、柱穴・柱の大きさや5間以上の大規模なプラン、対称性の高い配置、そして広い占地面積といった点から、 難波宮などの宮殿内に配された建築群にも匹敵する規模と規則性を備えたものです。 貴族の邸宅なのか、あるいは役所であるのかを決定する材料はいまだ得られていませんが、 この場所になぜこうした施設が造営されたのか、今後考えていく必要があります。
また、想定される難波京との関係も重要です。難波京のプランについては諸説があり、 発掘調査によって京の存在が実証されつつある段階で、京の具体的な範囲や条坊についてはいまだ具体的に考える根拠が不足しています。 そうした中、今回の調査で建物群が見つかったことによって、難波京の南限が現状の想定よりも南になるなど、 条坊復元に再考が必要となる可能性もあります。
さらに、住宅密集地に立地する難波京域の調査では、これまで古代の宅地の占める面積を論じることはまったくと言ってよいほどできませんでした。 そうした中、今回の調査で少なくとも2,500平方メートル以上の広大な敷地を占める施設の存在が判明したことも、大きな成果と言うことができます。
今回の発掘調査により、古代大阪の都市構造を考えるうえで重要な成果が得られ、 今後、大阪における都市開発の具体的な姿を復元する上での重要な手がかりとなります。

図1
図1 想定難波京と今回の調査地

図2
図2 周辺の調査と地形

図3
図3 見つかった建物群

写真1
写真1 調査地全景(北西から)

写真2
写真2 建物群(東から)

写真3
写真3 建物B(北から)

【 問合せ先 】

(公財)大阪市博物館協会大阪文化財研究所 難波宮調査事務所
担当:高橋・市川(TEL:06−6943−6836)

当日問合せ:発掘調査現場事務所 TEL:090-2386-7682

【 主 催 】

        大阪市教育委員会・大阪文化財研究所

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